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マンションに帰る途中で、亜由美は平静を保とうとしていた。
いじめられていることを悟られないようにしなくちゃ、という気持ちでなんとか自然に振舞いたい。そう思いつめるほど純子が怖いのだ。
香子に打ち明けてすべて解決するのなら良いが、万が一自分の恥ずかしい写真をばら撒かれないかと、それが恐怖である。
何とか作り笑顔で、ドアを開ける。
「ただいまー」
しかし出迎えた香子の顔が、何か意味深に感じられた。そして香子が笑みを湛えて口を開く。
「亜由美、顔が強張ってるわよ。なんか無理してるっていう感じ」
亜由美はドキッとする。やはり明るく振舞おうとしても、聡明な姉の香子はお見通しなのか。自分が純子にいじめられていることを悟ったのだろうか。
もし香子が事情を悟ってしまったのなら、隠しても仕方がない。それならいっそのこと打ち明けてしまおうか、と思った矢先、思いがけないことを香子が言う。
「純子ちゃんと喧嘩したんだって?」
なんのことだろう、鳩が豆鉄砲でも食らったような顔になる亜由美だ。
それに構わず、隠してもお見通しとでも言う表情で香子が続ける。
「少し前、純子ちゃんから電話があったの。『亜由美ちゃんと些細なことで口喧嘩しちゃってそのまま別れたけど、よく考えると自分が悪かった。もし許してくれるなら、明日学校で普通に挨拶してほしいと伝えて』だって」
何のことだろうと、どうも良く状況が飲み込めない亜由美に、香子が続ける。
「そういえば、どこかで聞いたことあると思ったら、純子ちゃんて亜由美が転校した初日に友達になってくれた娘だよね。良い友達持ったじゃない。今度私がいるときに連れてきなさいよ」
嬉しそうに話す香子だ。まだ状況がよく飲み込めない亜由美は、混乱したまま適当に返事をして自分の部屋に入る。
床に放置された、自分が今日一日身につけて純子の命令で脱がされた白いパンティが目に入った。その白い惨めな布切れを見た瞬間、亜由美は香子の言った言葉の意味を悟ったのだ。
(電話番号を教えてって、このためだったのね)
平静を装っても、自分の強張った表情や態度で香子が不信感を抱くかもしれない。いや、香子なら必ず亜由美と純子の間に何かあるのではと気がつくだろう。それを誤魔化すために電話をして亜由美と口論をしたと吹き込み、帰宅してからの亜由美のぎこちない態度や表情を、純子との口論のせいに思わせる。
亜由美は頭を振って床に座り込んだ。
純子の悪魔のような奸智には自分は到底太刀打ちできない。
また、純子の演技に気がつかない香子にも不満を覚えるのだ。
床に放置されていた、すっかり温もりも消えた自分のパンティを手に取り、亜由美は静かに涙を流すのだった。

翌日の放課後、教室で亜由美は自分の席に座らされていた。
その周りを純子たちが取り囲んでいる。
「ほら、あんたの友達の梓ちゃんからの手紙、返してあげる」
純子が亜由美に手紙を返す。中を確認してみるが、昨日純子が持ち去ったままの状態で、特に異変もない。
梓が同封してくれた、かつての仲間たちが教室で撮った写真も、そのまま入っていた。
「大丈夫、ちゃんとそのままあるって」
中を確かめる亜由美を笑いながら純子が言うと、さらになにか紙を差し出す。
「お手紙にはちゃんとお返事書かないとね。梓ちゃんからの手紙を参考にして、亜由美の代わりに私が昨日パソコンで返事書いてきたから。それをそのままあんたが筆写して」
そして、手回しよくレターセットまで出す。
「お返事なら自分で書きますから」
小声で控えめに抗議する亜由美だ。何で純子なんかに大事な梓への手紙を代筆してもらわなくてはならないのだろう。
しかし純子は受け付けない。
「ちょっと、せっかくあんたのために手紙を代筆してあげようとしたのに。良いから言うとおりにしなさい。逆らうと余計酷い目にあうってのは、もう分かってるでしょ?」
背後からは寿美子が、ほら早くしろと言わんばかりに亜由美の頭を小突く。
亜由美は恐る恐る純子の書いた、プリントアウトされた返事とやらに目を通す。
『梓ちゃん久しぶり。亜由美はすっかり梓ちゃん達のことを忘れていたのに、わざわざお手紙くれてありがとうね。今はもう学校にもすっかり馴染んじゃって、田舎にいたときより楽しい日々を送っています。今日も新しく出来た親友と遅くまで遊んで帰ってきたら、香子お姉さんから梓ちゃんにお返事書かなきゃ駄目といわれたので、机に向かって……』
そこまで読んで、亜由美は顔を背けた。亜由美と梓の仲を引き裂こうという純子の邪悪な意図がありありとうかがえる。
「こんなの出せません。どうしてこんな手紙出さなくちゃいけないんですか」
泣きそうな顔で訴える亜由美を、純子は愉快そうに見つめる。
「どうして、って。面白いからかなぁ」
あっさりと言いのける純子だ。梓からの手紙を読んだとき、亜由美に代わってろくでもない返事の内容を考えて、それをそのまま亜由美の手で代筆させて梓に郵送する。それで地元での亜由美の評価を地に落としてやろう、これは面白そうだと閃いた。
純子は帰宅してから、梓からの手紙を読み返しながら返事を考えた。
あからさまに梓や田舎を馬鹿にするのもいきなりで、不自然だ。それよりも亜由美が東京に出て変質し、昔の友人を無意識のうちに軽く見るようになった、そんな内容を心がけて創作する。
楽しいことをやるほど時間は短く感じられるものだ。昨夜の純子は手早く予習を済ませると、自室にあるPCに向かう。そうして笑みを浮かべながら、梓を見下す亜由美になりきった手紙を夜更けまで考えながら打ち込んでいたのだ。
「ほら、早く書けよ」
純子が強要すると、亜由美を取り囲んだ朱実たちが亜由美の髪をひっぱったり、頬を叩いたりして早く書き写せと催促する。
「聞き分けがないわねえ、またスカート脱がされたいわけ?」
純子はじっと座ったままの亜由美を立たせるように指図する。
「さっさと立てよ」
朱実や寿美子に腕を取られ、強引に立たされると、純子が亜由美のスカートのホックを外してファスナーを引き下ろす。
ふわりという感じで、またしても亜由美の下半身はパンティ一枚をまとうのみとなるのだ。
「そうだ、いっそのこと今日はパンツも脱がしちゃおうか」
純子の提案に一同は、
「それいい」
「亜由美のあそこが見たい」
と好き勝手に賛同する。
そして朱実が亜由美の白い無地のパンティに手を掛けた瞬間、純子が朱実を押しとどめ、脱がされる恐怖に青ざめる亜由美の顎をつかむ。
「どうするの。まだ意地張る気?」
亜由美は観念した。パンティを脱がされて性器を丸出しにされるのは耐えられない。ここは純子の言うとおりにしよう。それに梓には、後で言い訳すればいい、と考えた。
スカートは取り上げられたままで、パンティ一枚で椅子に再び腰掛けた亜由美。ボールペンを持って、純子の邪悪な手紙を書き写していく。
そして書き写す内容といえば、書いていてつらくなる、ろくでもないものである。
『クラスのみんなの写真も見たけど、相変わらずスカート丈膝下まであるなんて、今どき東京じゃすっごいダサくて笑い者になるから、余計なお世話かもしれないけど気をつかったほうが良いよ。新しい友達とみんなの写真を見て、笑っちゃったよ』
『休みの日とか渋谷なんかに遊びに行って、適当に声かけてきた男の子におごってもらってまーす。そっちじゃろくに遊ぶところもなかったし、今思えば本当に東京に出てきて良かったなあと思います。梓も夏休みに遊びに来なよ、色々案内してあげるから』
などとさりげなく旧友を見下した内容が続き、
手紙の最後には
『返事書くのも面倒だし、友達だったのも過去のことだから、もう手紙出してくれなくても良いよ。どうしても出したいなら別に良いけど、返事は期待しないでね。こっちも忙しいから。じゃあ元気でね、梓ちゃん』
と、舐めた一文で結ばれている。
ボールペンを握る手が止まるたびに、純子たちに怒鳴られ、体を抓られて、亜由美は泣く泣く純子作成の手紙を書き写していく。
やがて書き終えた手紙を純子が取り上げ、満足そうに笑う。
「これで完成っと。亜由美ももう、古い友達とはお別れしなくちゃね。私たちのようないい仲間が出来たんだから、もうこんな田舎の友達なんか要らないでしょ?ちょうどよかっじゃない」
と勝手なことを言い、手紙を封筒に納める。
純子が封筒を糊付けしようとした矢先、朱実がその手をとどめた。
何するのと怪訝な顔の純子に
「向こうも写真送ってくれたんだから、亜由美も写真を送るのが礼儀じゃないの?いつか放課後に撮った、おっぱい丸出しの写真なんていいじゃない」
と笑いながら提案する。
「あ、それチョー面白い」
「そうね、写真もらったんだから、こっちも送り返すのが礼儀ってもんよね」
と純子たちが騒ぎ立てる。
「いいよね、亜由美ちゃん。そうしようよ。亜由美ちゃんの生おっぱい、向こうの男の子も喜ぶんじゃない?」
純子は泣き顔の亜由美にささやく。
「じゃあもう帰っていいよ。スカート返してあげる。例の写真を入れてちゃんと手紙だしておいて上げるから。じゃあまた明日」
そういい、純子は亜由美に書かせた手紙入りの封筒をカバンにしまうと、教室から出ようとする。
「待って、待って下さい。お願いです」
寿美子が差し出すスカートを受け取りもせず、セーラー服に下半身は白のパンティ一枚の姿のまま亜由美は純子にすがりつく。
「お願いです。そんな写真送られたら、生きていられません。純子さん、やめてください」
すがりつく亜由美を振りほどこうという純子だが、本気で写真を同封しようとしている訳でなく、亜由美をからかって楽しんでいるだけだ。
しかし亜由美は必死だ。旧友たちに乳房剥き出しの写真を送られるなどと、なんとしても阻止したい。
「お願いです、それだけは許してください」
亜由美は廊下に出ようとする純子の腰にしがみつく。その亜由美を
「亜由美、しつけーんだよ」
「離れろ、コラ」
と朱実たちが引き離そうとするが、なんとしても純子を帰らせまいとする亜由美は必死にすがり付いている。


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