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今日もまた恥ずかしいことをさせられるのだろうか、亜由美は内心慄いていたが、純子は
「今日はちゃんと言うこと聞いたから、何もしないよ。安心してね」
と亜由美の耳元で囁いた。
純子にすれば、命令に従いさえすればなにもされないと示すことで、亜由美を操りやすくしようという魂胆だったのだが。
もっとも気分がむしゃくしゃして、亜由美に恥ずかしい真似を強制したいときは、無理難題を命令として吹っかければ良いだけのことだ。
とりあえず今日は何もされないと明言されたことで、亜由美は半信半疑ながらも一応はほっとした様子である。後ろの席から亜由美のセーラー服の下から浮き出ている黒いブラの線を見ながら、亜由美が電車の中で味わった屈辱の話を思い返しニヤニヤ笑う。
(あたしとかみたいなのならともかく、あんたみたいな清純さを絵に描いたような子が派手な下着着けてたら、因縁付けたくなるだろうね。でもまさかいきなりそんな目にあうなんて、なんて運が悪いのかしら、亜由美って)
ククッと含み笑いを浮かべる純子である。

何事もなく授業が過ぎていく。亜由美が受けた嫌な思いといえば、給食のときまたしても朱実に
「ゼリー嫌いだったら食べてあげようか」
と、給食トレイに手を伸ばされたことぐらいだ。
下手に断ってまた因縁をつけられることに比べたら、ゼリーなんてどうでも良かった。
「ええ、嫌いなんです、良かったら……」
亜由美の言葉が終わらないうちに朱実はゼリーを取り上げる。
「亜由美ちゃん、嫌いなものでも食べないと、大きくなれないよぉ」
「だから背が低いんだよ、あ、でもおっぱいは無駄にでかいか」
純子たちがからかって笑うが、亜由美にとっては昨日の仕打ちに比べたら気にもならないことだった。

5時間目、純子の得意科目である数学の時間である。
20代後半の、気さくでスマートな雰囲気の男性教師である。
いつもの通り解説をして、比較的軽い問題から生徒を指して、解かせていく。
そして高度な問題になると
「えー、誰にやってもらおうかな、じゃあ…」
純子と目が合うが、わざと純子は目を逸らす。
「…えーと、それじゃあ朝倉、解いてくれ」
黒板をトンと叩く。
すぐ正解を言ってはならないと命じられていた亜由美は黒板の前に立っても、もじもじしてチョークを持ったままで立ち尽くすのみだ。
「ちょっと難しいけど、朝倉なら出来るだろう。ほら、前の問題を応用して……」
と教師はアドバイスを出すが、亜由美は困惑した様で、一向に黒板に書き込もうとしない。
そのうちに亜由美がセーラー服の下に黒いブラを着けていることが分かったのだろうか、端正な引きしまった顔にちらりと不快な色が滲んだ。
「どうしても無理かな」
重ねての教師の問いに、うん、と力なく頷く亜由美にがっかりした様子で
「じゃあしょうがないな。君なら出来ると思ったんだが。席に戻っていいよ」
突き放した感じで言う。
「じゃあ、これは先生が…」
と言いかけた途端、純子が手を上げた。
「私出来ます。今の朝倉さんへの説明聞いていたら、解けました」
実は説明など聞かなくてもとっくに解いていた純子である。
指名されて黒板に答えを書き込む。
「よし、さすが純子だな」
教師が純子をほめる言葉を聞きながら、亜由美は落ち込んでいた。
(この問題、私だって解けるのに)
転校初日に褒めてくれた数学教師の信用を失ったのを感じ、気落ちする亜由美に対し、純子は勝ち誇ったような笑みを浮かべている。
(さあ、あとで先生の所に行って、フォローしてこなくちゃ)
良い意味でのフォローではない。亜由美が黒いブラをつけていたことに数学教師は気がついたようだ。清純そうな亜由美に対して芽生えたであろう不信感を、増幅させてやるためである。

授業が終わり、掃除の時間になると、また亜由美はスカートを奪われる。
「掃除サボらないように、ね。転校初日から掃除サボった亜由美はまだまだ信用が足りないからさ」
クラスメートがいるところで露出させられるよりはマシと、亜由美はまた下半身パンティ剥き出しで掃除させられるのだった。
掃除中またしても、不意をついて尻を叩かれたり、言葉でからかわれたりされながらも、掃除が終わるとすぐにスカートを返してくれた。
「じゃあお疲れさん。また明日ね」
そういう純子に対し、亜由美は脅えながら
「あの、明日も黒い下着着けなくちゃいけないんですか?」
と聞いてくる。
「ううん、今日はただ黒いのが絶対似合うなって思ったから着けてもらっただけで、もういいよ。今朝みたいな嫌な思いしたくないでしょ」
純子は妙に物分りがいいことを言う。
「まあ、掃除をさぼらないという信用が出来るまでは、スカートの取り上げはさせてもらうけどね。もう帰って良いよ」
スカート取り上げには大いに異議を唱えたかった亜由美だが、下手に逆らって機嫌を損ねるよりも、帰っていいという言葉に素直に従おうと思った。
(掃除の時間にスカート取り上げられるのも、純子さんたちの前だけというのならマシ。どうせ逆らえないんだし、信用が出来れば返してくれるって言ってたし)
とりあえず今日はもう帰ろうと、早足で教室を出るのだった。

帰宅途中、スーパーに寄って買い物をすませた亜由美が玄関に入ると、香子がリビングに座っているのが見えた。
(香子お姉ちゃんもう帰っていたのかしら。お姉ちゃんの黒い下着着けてるの見つからないようにしなきゃ)
買い物袋を上半身の前に掲げて、わざと元気に
「ただいまー、スーパーに寄ってきたよ。お肉の特売日で……」
と話す亜由美を香子がさえぎる。
「ちょっと座って」
買い物袋を置き、亜由美は香子の向かいに腰を掛ける。
「ねえ、今日はどんな下着を着けていったの?」
いつもに似ず冷たい口調の香子に、亜由美はさっと冷水を浴びせられたような気になる。
「黒のおそろいのブラとパンツ、それと紫色のパンツがなくなってるんだけど、空き巣でも入ったのかしら」
黙ってうつむく亜由美に、畳み掛ける。
「ねえ、たった二人の姉妹で暮らしていて、部屋に鍵を掛けるなんてことしたくないの。亜由美、何か言うことがあるんじゃない?」
うつむいて、両手を膝の上で握り締めていた亜由美のクリッとした双眼から、涙が零れ落ちる。
(私だって、好きで身に着けたんじゃないよ。恥ずかしかったんだよ)
泣きながら亜由美は話す。
「ごめんなさい、香子お姉ちゃんの下着、黙って借りて……」
呆れたように香子は言う。
「あなたにはこういう下着はまだ早いでしょ。どうしても身に着けたかったら自分でアルバイトでもして、そのお金で買いなさい」
ぼろぼろと涙を流し続ける亜由美に、香子はやわらかく問う。
「で、どうだったの?気分良かった?」
ううん、と首を横に振る亜由美は、視線を感じて恥ずかしかったことと、女子高生に因縁をつけられそうになったことを泣きながら話す。
「ほら、まだ早いんだから、背伸びしないの。じゃあ明日からは、ちゃんと自分の下着で登校しなさいね」
「うん、ごめんなさい。それと……、紫のパンツなんだけど」
純子に持ち去られた紫色のパンティの説明をしなければならないと、亜由美は言い訳をした。
昨日穿いていったのだが、トイレで用を足すときに汚してしまい、怒られると思って捨ててしまったのだと。
それを聞いて、腰に手を当ててため息をつく香子である。
「あれ高かったのよ。まったく、しょうがないんだから。じゃあ罰として、今週はお風呂掃除、亜由美がずっとやりなさい。いいわね」
こくりと頷く亜由美に、ようやく香子は顔をほころばせる。
「早く着替えてきなさい。見せたいものがあるから」
亜由美は涙を拭き拭き、自室に入って香子の下着を脱ぎ、スウエットに着替えるのだった。
リビングに戻ってきた亜由美に、香子は封筒を差し出す。
「梓ちゃんから手紙来てるよ」
田舎で亜由美の大の親友だった梓が、手紙を書いてくれたのだ。
急いで封を開けると、懐かしい故郷の空気が広がったような気がする。
『亜由美ちゃん、元気?こっちのみんなは変わりないよ』、という出だしで始まる手紙は、亜由美の望郷の念を呼び起こす。
(田舎にいればよかった。みんなに会いたいよ)
『あゆちゃんのことだから、新しい学校でも楽しく…』というくだりなど、読んでいて涙があふれてくるのだ。自分がさっそく標的になり、性的イジメのターゲットとして晒し者にされたり、命令に服従せざるを得ない境遇におかれていることなど、まったく予想もしていない梓の手紙である。
そして同封された、みんなと撮ったお別れの写真。
懐かしい制服に身を包み、親しかった友人たちとおどけて写真に納まっている自分の姿を見ると、あのときの平穏で楽しかった日々が遠い昔の出来事のような気がするのだ。
目をこすりながら手紙を読む亜由美の心中を知らない香子は、懐かしさのあまり感激しているのだとばかり思っていた。
「亜由美、ちゃんと返事書かなきゃ駄目よ」
「うん……分かってるよ」
亜由美は大事そうに手紙を封筒にしまうと、自分の部屋に行く。
さっそく梓に返事を書こうと、机に向かうのだった。


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