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5時限目、担任の若い女教師が担当の、社会科である。
清楚な外見ではあるが、どうも頼りない雰囲気を漂わせる担任が教室に入り、生徒たちは起立して礼をする。
そのまま授業が始まるかと思いきや、突然朱実が立ち上がった。
「先生、こんなものが教室のゴミ箱に捨てられていたんですが」
朱実が何か白い布を摘んで、教師の元に歩んでいった。
それを見た亜由美の顔から血の気が引く。朱実が手にしている布切れは、亜由美がさっきまで身に着けて、お漏らしをさせられて濡れたパンティだったのだ。
「先生、このパンツ、濡れていて臭うんですけど」
朱実がパンティを広げて見せる。
シンプルな白の無地で、可愛らしい縁取りがささやかに少女の付ける下着であることを示している、いかにも純情そうな女の子が着けそうなパンティであった。
しかし、朱実が広げたそのパンティは、股間に当たる部分、いわゆるクロッチを中心にして、明らかに濡れているのである。
「先生、おしっこくさくないですか?」
朱実はそういいながら、パンティを女教師に差し出す。
差し出されたパンティを、女教師は困惑しながら、濡れていないゴムの部分を持って受け取る。
「確かに、尿の臭いがするようですね」
嫌悪感をあらわにする女教師に、朱実は畳み掛けた。
「でしょ、こんな汚れた下着を教室のゴミ箱に捨てるなんて、凄い迷惑です。ぜひとも下着を捨てた心ない人に引き取ってもらうべきです」
女教師は眉をひそめながらもちょっと首を傾げたが、口を開いた。
「どうしましょうか……皆さんはどうしたらいいと思う?」
即座に純子が手を上げると、立ち上がり発言する。
「はい、やはり持ち主が引き取るべきでしょう。トイレのゴミ箱ならともかく、教室のゴミ箱に汚れた衣類を捨てるのは非常識です。それに、衣類を粗末にするのはいけないと思います」
そしてご丁寧にも
「このクラスはみんな女の子同士なんだし、隣の人がパンツを穿いているかどうか、スカートの上から感触を確かめてもいいと思います。下着を着けていない人が持ち主だと断定できるのではないでしょうか」
付け加える。
その言葉に、亜由美は背筋が凍る思いだ。
自分の尿で汚れたパンティを純子が捨ててくるねと持っていったが、あれを純子が教室のごみ箱に捨てたのだと。
そして朱実がごみ箱から発見したかのように装い、自分を晒し者にする計画だったんだと悟った。
しかし、本来ならこんな件は、下着を捨てたものは後で職員室に来いとでもいえば済む話であり、そういうだろうと亜由美は願っていた。
だが、信じられないことに、女教師は純子の言い分に完全に同意するのだ。
「そうですね。じゃあ隣同士で触りあって確かめてください」
なんで担任ともあろうものが、純子の意見を聞くのだろうかと亜由美は不可解だった。

2年次のクラスが担任ごとそのまま持ち上がったこのクラスでの、2年次にあったことを亜由美はもちろん知らなかった。
就職の苦しい文学部の史学科で特に目的があったわけでもなく、なんとなく教職を取ったこの女教師を純子は飲んで掛かっていた。
女教師の言葉尻を捕らえての追求や揚げ足取り、はては扇動して授業ボイコット。
巧妙に立ち回って裏で扇動を繰り返す純子に、担任の若き女教師は精神的に追い込まれていた。
放課後の生徒指導室で話し合い、何とかまじめにクラスのみなに授業を受けて欲しいのだと訴える女教師の悲痛な叫びを、純子は承諾した。
それいらいクラス運営は揉めることもなく、平穏に行われてきたのだが、それは純子のやるある程度のことは見て見ぬ振り、という暗黙の了解があってのことだった。
それいらい、このクラスでいじめなどの事件は、すべてないものとして取り扱われてきた。
転校に追い込まれた生徒もいたが、その親がいくら学校に足を運んでも
「いじめはなかった」
で済まされた。
担任は純子に腰が引けているし、学校当局もそのようなネガティブな噂は迷惑だ。それに純子の親はこの私立中学に多額の寄付金を出している。
それいらい、このクラスは純子とその取り巻きが好き勝手に跳梁するようになったのだが、
もちろん亜由美はそんな経緯を知らない。

クラス中がざわめいていた。
隣同士でスカートの上から手触りで下着をつけているかどうか確認しあっていたのだが、
「もしかしてパンツ捨てたの、朝倉さん?」
隣の席の生徒が、亜由美のスカートを上から触って、首をかしげながらそう言ったのである。
顔を真っ赤にしてうつむく亜由美の耳に、追い討ちを掛けるかのように話し声が聞こえてきた。
「ああ、やっぱりね。あのおしっこまみれのパンツ。朝倉さんが国語の時間に立たされたときに、剥き出しになったパンツとなんか似てるなぁって思ってたんだよね」
「じゃああの人、お漏らししてノーパンなんだ? うわ、最低」
などと話し声が聞こえてくる。
女教師が亜由美の席に近づいて問いかけた。
「朝倉さんの下着なの?」
動揺して返事をしない亜由美に業を煮やしたか、純子が後ろの席から亜由美の椅子を、ひそかに蹴り上げる。
「……私のです」
たまらず亜由美は泣きそうな声で答えた。
「そう、じゃあとりあえずこれ、返すわね」
女教師から亜由美に、尿の匂いがする濡れたパンティが手渡された。
屈辱に身を切られる思いで亜由美がそれを受け取ると、純子がすかさず発言する。
「先生、でもこのまましまうと不潔だし、臭気がして周りのものも迷惑です。今洗ってもらえばいいんじゃないでしょうか。今日は晴れて暑いし、干しておけば乾くと思います」
その提案に教師はあっさり同意した。
「そうね、じゃあそうしましょうか。朝倉さん、さっと水洗いしてきてね」
ためらう亜由美に、寿美子が
「授業中だから誰も見ていないし大丈夫よ」
と声を掛ける。
仕方なく亜由美は汚れたパンティを持ったまま、のろのろと廊下に出ようとすると、その背後に
「ちょっと、水のみ場で洗わないでよ。トイレの洗面所使ってね」
と朱実だろうか、追い討ちを掛ける様に声が飛び、どっと笑い声が起きる。
笑い声に送られ、とぼとぼと亜由美はトイレに入り、洗面所で尿まみれのパンティを洗い始めるのだった。

純子は笑いを必死でこらえていた。
教室の窓際前方のカーテンレールに、ハンガーに掛けられた白い布が風にそよいでいる。亜由美が水洗いさせられたパンティが干されているのだ。
クスクス、と笑い声や囁きが聞こえる中、担任の女教師は我関せずいうように授業を続けていた。そして6時限目の授業にいたっては、入ってきた野暮ったい男性教師がパンティに気がつき、
「何だこれは」
と素っ頓狂な声を発した。
「せんせーい、転校生の朝倉さんがお漏らしをして、濡れたパンティを洗って干してるんです」
と、一番前の生徒が答える。
その生徒は純子の仲間ではないのだが、さも愉快そうに報告するさまは、亜由美の羞恥を楽しんでいるようだ。
その教師は転校生である亜由美の顔を確認すると、穴が開くほど見つめるのだ。
「……そうか、まあ今日は暑いから、すぐ乾くといいな」
そしてさも平然さを装った感じで授業に入るが、ちらちらと風にそよぐ白いパンティと、亜由美の羞恥の表情を見比べるさまが純子にとって笑えた。


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