「朝倉さん、一緒に給食食べようよ」
軽い茶髪の、純子という快活な少女が声をかけてきた。
転校したばかりの亜由美に気遣ってくれたのだろう。
「ありがとう、純子さん」
亜由美はにこっと笑うと、純子たちのグループと席を並べた。
朝倉亜由美、15歳。
両親を事故で亡くし、姉の香子と二人暮らしの境遇である。
中3になった春、香子が東京の有名大学に合格したのを機に、亜由美も共に東京に出てきたのだ。
自分が高校卒業まで面倒を見ると申し出てくれた田舎の叔父もいたのだが、姉と離れて暮らすよりも、たった二人の姉妹で共に暮らすことを望んだのだ。
「朝倉さん、あだ名はなんだったの?」
純子が聞く。
「地元ではあゆって呼ばれていたんです」
はにかみながらも亜由美は答える。
身長150と小柄だが、中学生にしては豊かな乳房をして、制服の胸を押し上げている。
色白なきめ細かい肌と、濡れたようなセミロングの黒髪のコントラストが好対照だ。
そのクリッと大きな瞳は、泣いた後の子供のように潤んで見える。
性格も素直で、亜由美を悪く言うものなど居なかった。友達もそれなりにいて、楽しい中学生活を送って来ていたのである。
都会の学校に転校してどうなるか、不安であったが、まずは上々の滑り出しに見えた。
(よかった、いじめられたらどうしようかと思った)
と安堵の思いの亜由美の正面で、純子が楽しい会話を誘導しながら亜由美を冷徹な目で見つめていた。
(素直そうで、ちょっと痛い目にあわせれば言うこと聞きそうな娘)
そんな内心はまったく見せない純子は、亜由美をおだてていくのだ。
「あゆちゃん、すごく頭いいのね。さっきの数学の問題、手を上げたのあゆちゃんだけだったもんね」
「そんなことないですよ。純子さんが解いた問題、私分からなかったんですよ」
早速ニックネームで呼ばれ、嬉しそうな亜由美。
確かに彼女は成績もトップクラスだった。それは純子も同じである。
セミロングの黒髪で白い肌の亜由美が正統派の美少女ならば、軽い茶髪でネックレスを覗かせている、日焼けした純子は今風の美少女といえた。
しかしそれ以外にも大きな違いがあった。
亜由美が人の痛みに感じる人間であるなら、純子は人の痛みを喜ぶ性質があったのだ。
「あゆちゃんのような強力ライバルが出て、わがクラスにおける純子の覇権危うし!」
「純子ついに成績ナンバーワンから転落か?」
と純子の友達の、朱実と須美子がおどける。
「そんなことないですよ、やめてください」
と照れる亜由美に、純子は
「あゆちゃん、これから仲良くやって行きましょうね。それと純子さんなんて呼び方、なんか冷たい感じだから純ちゃんて呼んでよ。でも、勉強は別よ。手加減しないから」
と冗談めかして言う。
「こっちこそ。でも分からない問題があったら教えてくださいね」
「それはお互い様。教えあっていきましょうよ」
亜由美と純子は顔を見合わせて笑った。
その横では朱実が
「何だよ、協力して二人だけで成績アップかよぉ」
と拗ねた振りをしていて、一同は笑った。
転校初日にしては、期待以上の滑り出しだった。
(良かった、ここでもいい友達が出来そう)
純子達に親しみを感じはじめた亜由美である。
放課後、掃除の時間になった。
「純ちゃん、私はどこの掃除当番なの?」
亜由美は純子に聞いたが、純子は
「私と同じ班だけど、今日は当番無いんじゃない?もう帰ってもいいと思うよ」
と教えてくれた。
「ありがとう純ちゃん。姉と二人暮しだからこれから買い物して帰らなきゃ。じゃあまた明日」
「また明日ね、あゆちゃん」
去っていく亜由美のスカートに覆われたヒップが、くりくりと動いている。
尻も乳房同様、むちっと発達しているのが窺える。
(姉と二人暮しか…そのうちマンションにもお邪魔しますか。それにしても純情そうだし、脱がしたらどんな顔するかしら)
さて、お楽しみは明日とばかり、純子は教室に入ると、モップを手に取った。
「さあ、さっさと掃除しようよ。一人サボったやつがいるけど」
掃除当番の班は純子の仲間で構成されている。
「誰だよそれ、むかつくー」
「何言ってんだよ、自分もよくサボるくせに」
朱実と須美子が言い争いをしている。
「あゆちゃんがさぼっちゃった。転校早々良い度胸してるわよね」
純子はさらっと言うと、モップで熱心に床を磨き始める。
いつになくまじめに掃除する純子を見て、一堂は、ああ、亜由美を追い込むための仕掛けかと了解した。
事前に、田舎から転校してくる少女が大人しくて言いなりになりそうなら、おもちゃにしてやろう、との純子の言い渡しがあった。
それと察した一同は
「ざけやがって、なんて図々しいの」
「明日懲らしめてやろうよ。転校早々掃除サボるなんて」
とテンションをあげていた。
(明日が早く来ないかな。ああ楽しみ)
蜘蛛の糸を張った気分の純子。
もし少しばかりの勇気と才覚があれば、その糸から抜けだせるくらいのちゃちい罠ではあるが、純子の見たところ亜由美はまんまと罠にはまりそうな人種であった。
ふんふんと鼻歌を歌いながら、床をごしごしと磨く純子である。
その夜、姉の香子と住むマンションで、亜由美は転校初日の模様を話していた。
「純子さんて言う人がいて、気さくで、すっごい頭いいの。それで一緒に給食食べようって誘ってくれて……」
まくし立てる亜由美の言葉を、香子はうんうんと相槌を打ちながら聞いている。
(良かった、亜由美は大人しいからもし変なのに目をつけられたらどうしようかと思っていたけど、上手く行きそうね)
名門の4年制大学に通い、空手部に籍をおく香子は、薄い唇をした口元を綻ばせた。
女性にしてはやや長身で細身の体であるが、その乳房は突き上げるように存在を主張している。
嬉しそうな妹の話を聞きながら、理知的な整った顔に笑みを浮かべ、満足気にコーヒーカップに口をつける香子であった。
翌日、元気に登校した亜由美だが、教室に入ると重い空気を感じた。
(何かしら、一体……)
なにやら白い目で見られているように感じる。
とりあえず自分の席に行くと、後ろの席の純子に
「おはよう、純ちゃん」
と挨拶した。
しかしじろっと見るだけで、純子は挨拶を返さない。
(どうしたの、私が何か悪いことをしたの)
と不安になる亜由美に、その隣の朱実が思いがけないことを言う。
「朝倉さん、昨日掃除サボったでしょ」
「え、でも純ちゃんが昨日は当番じゃないって……」
「確かにそう言ったみたいだけど、よく考えたら教室の掃除当番だったのよ。朝倉さんも壁に張られている掃除当番表見れば分かるでしょ」
冷たく突き放す朱実である。
そんな、といいかけて、亜由美は思いとどまった。
ここで下手に抗弁したら、せっかく受け入れてくれた純子達の反感を買うだけだからである。
「ごめんなさい、今日はちゃんと掃除しますから」
頭を下げる亜由美に、純子がようやく口を開いた。
「もういいからさ、こっちも最初に間違ったこと言ったんだし。でも今日は昨日のサボった分をちゃんとやってもらうわよ」
「ええ、もちろんやりますから」
と答えながらも、亜由美は何か腑に落ちないものを感じている。
(転校生に当番表見ないのがいけないとか、冷たすぎるわ。でも、自分がサボったのも事実らしいし、仕方ないのかしら)
なんだか暗い表情のまま、亜由美は席に着いた。
その寂しげな亜由美の後姿を、純子は見つめている。
(さあて、放課後が楽しみ。それにしても亜由美って、昨日も今日も制服からブラの線が出てないけど、よっぽど恥ずかしがりやなのかしら)
それならそれでなおやりやすい。一応探ってみる。
「あゆちゃん」
「純ちゃん、なに?」
昨日のようにニックネームで呼ばれ、ほっとした様子で振り返る亜由美。
半身になって振り返った夏服の胸元は、中学生にしては大きく盛り上がっている。
「あゆちゃんは制服の下に何か着てるの?私もブラの線とか透けて見えるの嫌なんだよね」
白いセーラー服の下から透けても構わないと、色柄物のブラを好んで身に着けている純子が白々しく言う。
「純ちゃんもなの?私も透けるのが嫌で、タンクトップ着てるんです」
「やだよね、男のいやらしい視線とか、背中から見られてるのとか気になるし」
「そうですよね。やはり恥ずかしいですよね。それにうちの地元では、制服の下に直に下着を着けている人も少なかったし」
何の疑いもなく、素直にしゃべる亜由美を見ながら純子は
(確か北国から来たんだっけ。ふーん、やっぱり純朴な恥ずかしがりやか)
と、亜由美のデータをインプットし、さらに純子は頭の中で亜由美いじめのプランを練るのだった。